第3章 其の参
私の言葉に、微かに目を見開いた実弥は、そのまま動きを止めてしまった。
どきどきと煩い心臓の音は、聞こえてしまうんじゃないかと思う程で。
「わ、私の昔話に付き合ってくれないかな…って」
「…」
「ただ、何も言わずに聞いてくれるだけでいいの」
長く感じた沈黙を破ったのは私。
とてもじゃないけれど、耐えられなかった。
"昔話"なんて、そんないいものじゃない。
それに、何も言うつもりじゃなかった。
この人には。
むしろ、何も知って欲しくないとさえ思っていた。
私の事を、その辺にいるただの普通の女だと、そう思っていてほしかった。
だけど、さっきの実弥くんの顔を見て この人なら、私の気持ちがわかるのかもしれない。
この人なら、私にはわからない"答え"がわかるのかもしれない。
もしかしたら、同じ何かを抱えている人なのかもしれない。
…そう、思った。
実弥は、そんな私に何を言うでもなく、静かに先程と同じ場所へと腰をおろした。
離れた右手は行き場をなくし、手持ち無沙汰にそっと自分の左手へ重ねる。
実弥から視線を外し、そんな自分の手元へと視線を落としながら ゆっくりと口を開いた。
「…私ね、一人っ子で兄弟もいなかったし、父は物心ついた頃にはもう既に出て行っていて顔も何にも覚えていないの。だけど、母が沢山の愛情を注いでくれて、母が私の唯一の家族で、私は母が大好きで、なによりも大切だったの」
「…」
ぽつり、ぽつりと、自分の奥底の方から言葉が零れ落ちてくる。
何も話したくない、何も知って欲しくない。
そんな思いとは裏腹に言葉が止まらない。
「…だけど、そんな母は ある日ある男に殺された」
改めて母の死を言葉にするとあの日の出来事がやけに生々しく脳裏に浮かんで、苦しくて胸が張り裂けそうになる。
瘡蓋を剥がして、またドロドロと血が溢れ出すような、そんな感覚。