第3章 其の参
「実弥くん、笑ってる方がいいよ」
「…笑ってねェ」
ゆっくりと上半身を起こし、言うつもりなんてなかった心の声がつい言葉となって溢れてしまった。
そんな私の言葉に、きょとんとしたかと思えば すぐに眉間に皺を寄せ不機嫌そうに視線を逸らされる。
実弥のあんな表情をもっと見ていたい、なんて。
私なんかが思う事すら許されないのだろうけど。
でも、そう思ってしまった。
何故かはわからない。
実弥は不機嫌そうな表情を浮かべたまま、木製のスプーンを手に取り 未だほかほかと湯気が立っている卵粥を救い上げる。
すると、そのままその卵粥の乗ったスプーンを私の口元へと運ぶ。
「ほら、口開けろォ」
これは、食べさせてくれる…って事、よね。
面倒見がよすぎるような。
なんだか拍子抜けしてしまう。
ここまで運んでもらって、傷の手当までしてもらって、汚れた着物まで脱がせてもらって、更には体も拭いてもらって、お粥まで食べさせてもらうなんて。
はい。ありがとうございます。と、素直に口を開くことなんてとてもじゃないけど恐れ多くてできない。
「あの、本当に実弥くん…よね。狸が化けてるとかじゃなく」
「…ア"ァ"?」
「いや…優しいのは知っていたけど、何て言うか。面倒見がいいし、なんだか慣れてるなって」
「…」
私の言葉に、表情を固くし押し黙ってしまった実弥。
何かまずい事でも聞いてしまったんだろうかと不安になってしまう。
体感的には物凄く長く感じた沈黙だったが、実際はどうだったんだろう。
静かに実弥の口が開かれる。
「六人兄弟の長男だったからなァ。…それなりに面倒見てきたからだろォ」
「…」
一人っ子の私からすれば、六人兄弟なんて衝撃で。
思わず声をあげてしまいそうになるけど、ふと視界に入った実弥のその顔が、なんだかとても辛そうで。
涙が出ている訳でもないのに、悲しそうで。
その言葉を飲み込んだ。
過去形のその言葉に、今は一人なのだろうかと疑問が浮かぶ。