第3章 其の参
「おい、女…!行くぞ」
突然背後から 切羽詰まった様な、そんな小さな声が聞こえ振り返れば、そこにいたのは 未だ刀が胸元へと刺さったままの猗窩座だった。
その刀を抜き取る余裕すらも今の彼にはないのか。
そのまま逃げてしまいたいところだったのだろうが、私を放置していけば 無惨になんと言われるかわからない。
「…」
でも。
でも、このまま帰るなんて出来ない。
あの男の最期を見届けるまでは帰れない。
私の時とは似ている様で、
何もかもが違う様で。
だけど、私とは決定的に違う事のひとつ。
母とは最期にたった一言すら話をする事は叶わなかった。
首を落とされた後すぐに灰となり 風と共に消えていってしまった。
だから、あの男が最期に何を言い残すのかを どうしても知りたい。
"人間"として死んでゆく、あの男の…
「早くしろ!日が昇る…!」
「…行けない」
「…なに?」
このやり取りさえ、無惨に知られる事になるだろう。
"私は全てを把握できる"
そう言っていた無惨の言葉、そしてあの鋭い瞳を頭の隅に思い出す。
この私の言動を、あの男がどう捉えるのかはわからない。
だけど、だけど。
「私は此処へ残ります」
そんな先の事を、今考えていられなかった。
ぎゅっと拳を握りしめ、真っ直ぐに猗窩座の瞳を見つめながらそう告げる。
その私の言葉に、目を見開き びきりと青筋を立てた。
「…勝手にしろ」
憎まれ口の一つでも叩かれると思っていたが、そんな私に構っている暇はないのだろう。
もうほんの少し先まで朝日は迫ってきている。
確認する様にちらりとそちらへ視線をやり、踵を返していった。
日に当たった鬼がどうなるのか、実際に見た事はないが 話には聞いている。
猗窩座の様子を見ると、本当に焼け死んでしまうのだろう。
「うっうう…」
未だ少年の泣き声は聞こえてきていた。
再びそちらへと視線を戻せば、蹲る様に 項垂れる様にして 地面へと蹲み込んでいる少年の姿が目に入る。
そして、そんな少年を呆然と見つめた後、きりりとしていた眉を下げ、力無く微笑む煉獄の姿も。