第3章 其の参
このままではまずいと言わんばかりにその手をなんとか止めようと、猗窩座の左手の拳が煉獄の右頬辺りへと勢いよく振り翳される。
しかし、有ろう事か煉獄はその拳を既の所で掴み止め、結果その拳が煉獄へと辿り着く事はなかった。
猗窩座のその力は想像するだけでも凄まじいものだろう。
それなのに、あれ程までに負傷している…否、死んでいてもおかしくはない"人間"が、その攻撃を止めたのだ。
この異次元といっても過言ではない目の前の光景に、ごくりと生唾を飲み込む。
そして自分は何か悪い夢でも見ているのだろうかという気にさえなってくる。
ーーーその時だった。
暗闇に包まれていた辺りが、遠い山の向こうから少しずつ じわじわと 蜂蜜色へ染まってゆくのが見える。
(夜明け…だ)
もうそんなに時間がたっていたのか。
目の前で起きている事へ集中し過ぎていて、全く気が付かなかった。
"日が昇る前に全てを片付ける"
此処へ来る前にはそう言っていた猗窩座であったが、その言葉通りにはいかず もう時期日が昇る。
やはり、猗窩座が想像していた以上に手こずっているのだ。
もう、猗窩座の一人勝ちだとばかり思っていたが こうなればどうなるのか予想が付かなくなってしまった。
相討ちになる可能性だって大いに有り得る。
元々どちらかの味方という訳ではなかったが、今この状況を どんな気持ちで見ていればいいのかわからなくなってきてしまった。
猗窩座と煉獄はどちらも一歩も譲らず ギリギリと押し合い、膠着状態だった。
そうしてる間にも、日は待つ事無く じりじりと昇り続ける。
その視界の隅に、市松文様の少年が刀を手に取り 二人の方へと向かうのが目に入った。
あの少年は、剣技や力量は 猗窩座や煉獄とは比べものにならない程弱いだろう。
それなのに、あの少年の心が折れる事はない。
何度でも、"強き者"へと刃を振るう為に その傷だらけの体で立ち上がる。
大切な人の命を、守る為に。
「オォォオオオオ!!」
なんとか日の光が昇り切ってしまう前に逃げようとしているのだろう。
猗窩座は煉獄の手から逃れるように、腹の底から絞り出す様な そんな大きな呻き声をあげる。