第3章 其の参
「お前も鬼にならないか?」
予想もしない猗窩座のその言葉に、耳を疑い 目を見開く。
本気で、言っているのだろうか。
…否、あの男が冗談を言う筈がない。
そもそも、私とはほとんど会話を交わさなかった猗窩座が嬉々として話をしている。
猗窩座が、というよりも この戦いの中でここまで会話を繰り広げられると思っていなかった。
お互い冷静とも思える態度で じっと向き合ったまま。
「ならない」
「見ればわかる お前の強さ。柱だな?その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い」
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座。
杏寿郎 なぜお前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。
人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ。
…鬼になろう、杏寿郎。
そうすれば、百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる。」
あの柱の名は、…煉獄杏寿郎。
炎柱というのは、柱の中でもそれぞれ個々に名があるのだろうか。
どんな言葉を掛けられようとも、その名の通り 炎の様な瞳が揺らぐ事はない。
ただ真っ直ぐに、猗窩座を見据えている。
そんな煉獄杏寿郎の方へと指を刺し、饒舌に話し続ける猗窩座。
…母も、鬼になれば 百年でも、二百年だって、生きられる筈だった。
母がひとりが嫌なら、私も鬼になっても構わなかった。
ただ母に生きていて欲しかった。
なのに、人間は弱い 弱すぎる。
そう 思っていた時だった。
煉獄杏寿郎が口を開いたのは。
「老いることも 死ぬことも
人間という儚い生き物の美しさだ。
老いるからこそ 死ぬからこそ
堪らなく愛おしく 尊いのだ。
強さというのは、
肉体に対してのみ使う言葉ではない」
その言葉を耳にした瞬間、ざわりと心が乱れる様な、そんな感覚に陥る。
煉獄杏寿郎から、目が離せなくなる。
「この少年は弱くない 侮辱するな。
何度でも言おう。
君と俺とでは価値基準が違う。
俺は如何なる理由があろうとも
鬼にはならない」
「そうか」