第2章 其の弐
この男は、常に"青い彼岸花"の事、そして太陽を克服する事を考えているのだろう。
それがこの部屋を見るだけでひしひしと伝わってきた。
自分はこの男と何処か似ているとばかり思っていたが、それはただの思い違いだった。
私にはこの男程の覚悟がなかったのだ。
この男は実に執念深いと言っていいだろう。
…でも、それはもう過去の話。
私もこの男と同じ程の覚悟を胸に 此処へ来た。
「私は必ず、母を殺した鬼狩りをこの手で殺めますよ」
「…改まって何だと言うのだ」
「いいえ。なんでも」
離れようとしていた無惨の手をぎゅっと握り締める。
この男の仲間なのかと言われれば、そうではないと断言できる。
でも私のこの気持ちを、想いを、行動を、理解してくれるのは恐らくこの世でこの男のみだろう。
そしてまた、皮肉な事に私の願いはこの男なしでは叶えられない。
「此処へ連れて来てくれて ありがとうございます」
「…私に礼を言うなど、人間でお前くらいのものだろうな。つくづく可笑しな女だ」
礼を言われるなど、予想していなかったのだろう。
微かに目を見開き、紅梅色の瞳を向けられ その中に自分の姿が映し出され、徐にその瞳がこちらへ近付いてくる。
いつも私はこの瞬間、その綺麗な紅梅色から目が離せなくなる。
そしてその瞳が見えなくなった時、ひんやりとした其れが、唇へと重ねられる。
慈しむ様に、私の手を握り返すその手もまた、冷え切っていた。
全身から、愛おしいと伝わってくる様な、そんな感覚に、私は何も考えられなくなる。
何百人、何千人に恨まれ、憎まれるこの悪鬼が。
何百人、何千人を殺めてきたこの手で。
こんなにも優しく人間へ触れる事を、誰が想像するのだろうか。