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ふたりだけのせかい

第2章 其の弐










不意に背後の風が静かに揺れた。
と、同時にその威圧感からか、ぞわりと背筋が騒ぐ。
久しぶりの感覚だった。




…無惨だ。




振り返らずともすぐにわかった。

目の前にいたおはぎに、遠くへ行く様促す。
この子は本当に賢いから すぐに私の意を汲んで、無惨とは反対の方へと駆け出した。

無惨からすれば なんの害もないただの犬。
殺すとは思えないが、あまり会わせたくない。




「お久しぶりですね。もう私の事など忘れてしまったのかと思っておりました」

「ふん…下らぬ。お前の方こそ、とっくに此処から逃げ出したのではと思っていたが、懲りずにまだいたのか」



おはぎが見えなくなるのを確認し、ゆっくりと立ち上がり足元の砂を払う。
この男は久しぶりに会ったというのに、何故こうも逆撫でする様な事ばかりを言うのか。
私を怒らせたいのか、一体なんなのだろう。





「逃げ出す?…私が何の為に生き、何の為に此処へいるのか、誰よりも知っているくせによく言いますね。嫌味ですか?」

「…相も変わらず口の減らない女だ」

「その言葉、そのままお返しします」





横目でじろりとそちらを軽く睨みつければ、そこにはまた姿が変わった無惨がいた。



前に会った時は三十代半ば程の上背の高い 緩くウェーブのかかった黒く、短い髪をしていたが、今は二十代前半程の私よりもほんの少しだけ高い上背で、真っ直ぐな黒い髪は胸元まであり、後ろで一つに束ねられていた。

最近は洋装ばかりであったが、珍しく和装で。
こうも毎回姿が違うと、同じ無惨なのに そうではないような、そんな感覚になってしまう。


女性になったり、幼子になったりする事もあるものだから、初めのうちは無惨だと気付かない事もよくあった。






「お前の望み通り、鬼のところへ連れて行ってやろう」






腕組みをした無惨が、こちらをじっと見据えながらそう告げる。

その言葉に、どくりと心臓が大きく脈を打つのがわかった。
この時を、この時がくるのを、私はずっと待っていたのだ。
武者震いというものだろうか、微かに震える手をぎゅっと握り締める。








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