第2章 其の弐
「俺はそろそろ行くぜェ」
逸らしていた視線をこちらへと向け、そう告げられる。
実弥に出会ってからのこの短い時間に起きた事が、なんだか夢でも見ている様な そんなふわふわとした気分で。
このままさよならしてしまえば、もう二度と会えないのではないだろうかとさえ思ってしまう。
だって私は、この男の名前しか知らない。
言ってしまえば、ただの通りすがりだ。
「…あの…」
「?」
「また、会える…?」
なにを、言っているのだろうかと自分でも思う。
それでも、言わずにはいられなかった。
視線を足元へと下げ、実弥の「殺」と書かれた羽織をきゅっと握りしめる。
相手に聞こえているかどうか怪しいくらいの声量しか出ない。
それに少し掠れて、なんとも格好悪い。
一体どうしたというのか、自分へ問いたい。
「…」
実弥が今どんな顔をしているのか、見るのが怖い。
少しの沈黙が、とんでもなく長いものに感じてしまう。
どきどきと煩い心臓は、口から出てくるのではないだろうかと思う程だった。
「さっき俺の返事も聞かずに、おはぎの面倒を一緒に見るって威勢の良かった奴はお前じゃなかったのかァ」
なんだかとても柔らかい声色が頭の上から聞こえてくる。
思わずぱっと顔を上げると 優しい表情を浮かべた実弥がいた。
この顔を、表情を、私はどこかで見た気がする。
「…私。」
「だろォ。はっきりいつとは言えねェがまた来る。それまでおはぎの事、頼んだぜェ」
「…わかった。待ってる」
ぽんぽんと徐に頭を優しく撫でられる。
自分で言うのもなんだが、自分は姉貴肌な方だと思っていた。
それに、自分の弱いところを他人に見られる事が嫌いだった。
それなのに、この状況。
それとは正反対だ。
実弥のこの優しさを、亡き母と重ねているのだろうか。
だからこんなにも、普段の私とは違う部分を見せてしまうのだろうか。
だから、安心感を感じたり 懐かしいと感じてしまうのだろうか。
そうだとしたら、私は私が思っていた程に強くなんてなれていなかったのだ。
まだ、母のあの優しさを 面影を 何処かで探していたのだろう。
なんとも格好の悪い話だと、そう思った。