第2章 其の弐
「名前、つけていないなら何か考えないといけないけれど。…もし何か名前をつけて呼んでいたとすれば、その名前で呼んであげないとこの子が可哀想よねぇ」
「!」
いつまでも教えようとしない実弥に痺れを切らし、足にしがみついてきた子犬の頭をよしよしと撫でながら ちらりと実弥を見て意地悪げな笑みを浮かべた。
そんな私と子犬を交互に見て、又しても盛大な溜息。
「………ぎ。」
「え?」
「…そいつの名前。"おはぎ"だァ」
やっと聞き取れた子犬の名前は、全く予想していなかったもので。
思わず目を丸くさせ ぽかんと口が開きっぱなしになってしまう。
実弥本人はというと、表情が読み取れない程に俯き それ以上は何も言わない。
「おはぎって…あの"おはぎ"?」
「…」
「もしかして、おはぎ…好きなの?」
「…何か文句でもあんのかァァ」
私の反応に、実弥は照れているのか 怒っているのか わなわなと肩を震わせている。
別にからかっている訳ではない。
これは偏見だが、こんな怖い見た目だから 犬にも何だか強そうな名前をつけているのかなと、勝手に思っていたのだ。
それなのに、実際は甘味の名称。
おはぎだったなんて。
「…ふ、ふふ、ふふふ…」
そんな事を考えていると、耐えきれなくなった笑いが込み上げる。
笑っては駄目だと思えば思うほど そんな思いとは裏腹にどんどん止まらなくなってしまった。
こんな風に笑うのは、いつぶりの事だろう。
「もう二度と此処へは来ねェ…」
「ふふ…ごめんごめん、とってもいい名前だと思うわ。私も好きだもの、おはぎ」
「うるせェ…俺は好きじゃねェ」
「あぁ、可笑しい。こんなに笑ったのいつぶりだろう」
未だ青筋を浮かべながら怒っている実弥を横目に、笑いすぎて涙目になり お腹はキリキリと痛む。
今日が初対面な、そんな気がしない。
無惨以外のものとまともに話をしたのはいつぶりかわからないし、その無惨にさえ心を開いていなかったのに。
不思議な男だ……