第2章 其の弐
「さっきからなんだァ、テメェは。気安く話しかけてくるんじゃねェ」
「私は珠屋 美琴。ここで巫女をしてるのよ」
「…聞いてねェ」
まるで威嚇するかの様に、ぎろりとこちらを睨み付けられてしまった。
だけど先程までとは違って怖くはない。
この男の犬に対する 底知れない優しさを見たから。
親犬を埋葬し 花を添えてくれている人はどんな人なのだろうかと、ずっと気になっていて いつも親犬の墓に近付く人を注意深く見ていたが、本人に会う事は出来なかった。
男性であっても女性であっても、きっと物凄く優しく 穏やかで 命の尊さというものを本当の意味で理解している人なのだろうと思っていた。
ようやく会えた本人の見た目は…
想像とは遥かにかけ離れていたけれど。
その心の根の部分は、きっと私の思っている通りだと、そう思う。
「…飼い主ではないけれど、ずっとお礼を伝えたいと思っていたのよ」
「…」
「その子、ずっと私以外の人にはひどく怯えていて…それを隠すみたいに威嚇していたから。貴方にそうして甘える事ができているのを見て安心した」
男から目を逸らし、壊れ物を扱う様に、優しく子犬の銅を 毛の流れに沿う様に撫で続ける。
手のひらに子犬の体温が伝わってきてとても安心する。
この男は、人と関わる事が嫌いなのだろうか。
こちらをちらりとも見ないし、まともに話をしようともしてくれない。
「…不死川 実弥」
「え?」
「俺の名前だァ。もう二度と言わねェ」
そう思い諦めようとした時だった。
ぼそりと、注意深く聞いていなければ聞き逃してしまうほどに小さな声で名乗ってくれたのだ。
その予想もしない出来事に、一瞬動きを止めてしまうが、その後ぱぁと笑みが溢れた。
「実弥くん…実弥くんね。犬が好きなの?」
「…好きじゃねェ」