第2章 其の弐
ちらりと親犬が埋葬された墓がある方を見れば、今日もまた菊やアイリスなど、色とりどりの綺麗な花が添えられていた。
昨日まであったものは、もうしおれてきてしまっていたから、今ある生き生きとしたハリのあるこれは新しいもの…
(やっぱり、この人…)
ごくりと唾を飲み込み、未だ子犬に握り飯を食べさせてやっている男へとそっと視線を戻す。
子犬を見つめるその目はもう血走ってなどいなく、元々の吊り目の目尻が少し下がり 先程とは打って変わってどこか優しげな、そんな目をしていた。
そして少し伏せられた瞼の先には 女である自分よりも長い綺麗な睫毛。
沢山の傷のせいで怖い人なのだと思ってしまったが、よく見るととても綺麗な顔をしていて思わず見惚れてしまう。
「…じろじろ見ンじゃねェ」
「あ、ごめんなさい…」
自分でも気がつかないうちに、じっと食い入る様に見てしまっていて、それをすかさず指摘され びくりと肩が揺れる。
恐る恐る男の隣へと腰を下ろす。
未だ嬉しそうに米粒の付いた手のひらをぺろぺろと舐めている子犬を見て、改めてほっと安堵の胸を撫で下ろした。
「…ありがとうございました」
「なんの事だァ」
「この子のお母さん 埋葬してくれたの貴方でしょう?それから、あのお花も。」
「…しらねェ」
そっと片手を子犬の胴に伸ばし優しく撫でる。
私がお礼を言うのも変かとは思ったけれど、お礼を言わずにはいられなかった。
私の言葉を否定する男を横目でチラリと見れば、懐の辺りに少し茶色くなってきてしまっている花があった。
それは昨日まで 親犬の墓へと添えられていた花と同じもので、この男の言葉が嘘だということがわかった。
こんな人気の無い神社に、亡くなった親犬とこの子犬の為に足繁く通っていたのだろうか。
「貴方、名前は?」
暇を持て余していたからなのか…理由は自分でもわからなかったが、この男に興味を持っている自分がいて 気が付けば名を尋ねていた。