第2章 其の弐
そんな思いとは裏腹に、あっという間に目の前は涙で歪んでほとんど見えなくなってしまった。
それが溢れてしまわない様に、慌てて立ち止まり小袖で涙を拭う。
ーーーキャンキャン!
その時だった、少し離れた場所から聞き慣れた鳴き声が微かに聞こえたのは。
目を大きく見開き 鳴き声の聞こえた方へと勢いよく顔を上げる。
(鳴き声が聞こえたのは拝殿の方だ…)
不思議なことに、涙は一瞬にしてぴたりと止まった。
そして弾かれる様に拝殿の方へと走り出す。
早く、早くと足を前へ進めるが、袴が邪魔で足がもつれ 中々思うように進められない。
少しずつ、賽銭箱や鈴緒が見えて来る。
賽銭箱の傍らに、何やらしゃがみ込む人影が見えた。
もしかしてあれが親犬を殺した人ではないかと、そんな考えが頭を過り さーっと血の気が引いていくのがわかる。
ぐっと拳を握りしめ 其処へと向かう足を早める。
近くまで来ると、何やら白地に黒い文字で"殺"と書かれた羽織を来ている白髪の男の後ろ姿が目に入った。
ちらりと見えた腕にはいくつもの傷が。
間違いない、この男だと そう思った。
そしてその傍らには見覚えのある白い毛の小さな犬が。
はぁはぁと肩で息をしながら、その傷だらけの男の手を掴む。
「やめて、何してるの!」