第1章 其の壱
「下らん事を言う。お前はもっと利口な女とばかり思っていたが、私の思い違いだった様だな」
暫く何かを考え込む様に黙り込んでいたが、徐に頬へと触れていた手をぱしりと払われた。
その目はもう既に 先程までのどこか人間味を帯びた様な、そんな色ではなかった。
そしてくるりと体の向きを変え、私を置いて 来た道とは反対の方向へと歩き出してしまう。
何をそこまで自分以外の鬼を見せる事を 会わせる事を嫌がるのか。
理由はわからないし検討もつかないが、どうしても嫌なのだろう。
後ろ髪引かれる思いがないと言えば嘘になるが、これ以上無惨に拘る理由もない。
自分一人となってでも為すべき事を為す。
この男の傍を離れ、神社から出れば私は自由の身。
自分で鬼を探す事ができる。
…無論、あの男の力無しに、弱き人間の自分が人喰い鬼を探すというのは簡単な事ではないのだが。
無惨の背を見つめながら小さくため息を吐けば 来た道を戻ろうとくるりと体の向きを変え一歩踏み出そうとした時。
「…鬼に会わせてやろう」
「え、」
背中越しに、そんな言葉がぽつりと呟かれた。
願うばかりに空耳が聞こえたのではないかと勢いよく振り返れば、こちらを向く事もなく ただ立ち止まった無惨がそこにはいた。
なんの心変わり、なのだろう…
「駄目なんじゃ…」
「私はお前の様な弱きものを鬼にはしない。そうは言った。だが、鬼と会わせる事ならば許してやっても良い。但し…喰われても私は知らぬぞ」
こちらを見ないままにそう告げれる。
どんな表情をしているのか、こちらからは読み取れない。