第1章 其の壱
「…わかりました。」
「折を見て迎えに行ってやろう。それまでは大人しく待っていろ」
それだけ言い残すと、こちらの返事を聞くよりも先に無惨は暗闇の中フッと消えた。
一瞬の出来事に、まるで今のやり取り全てが幻覚であったかの様な感覚に陥る。
状況の一変に、ぽかんと立ち尽くしてしまう。
こちらをちらりとも見ず私ひとり置き去りにするところを見ると相当ご立腹ではあった様子だけれど、結果許してくれた。鬼と会う事を。
あの男は自分の事を好いているのだろうか。
でなければあの男がここまで癪に障る事を言われても尚私の願いを聞き入れてくれるというのはおかしい。
でも、本当にそうであれば私を鬼にするだろう。
太陽の光を克服し永遠の時を生きたいと思っている無惨なら尚の事、大切なものができればそのものと共に生き永らえたいと思う筈だ。
…私が母にそう思った様に。
でも私が自ら鬼になりたいと頼んだところで あの調子だ、無惨の血を与えてはもらえないだろう。
あの男の考えている事が何一つとしてわからない。
でも、何はともあれ私はまた自分の目的に一歩近付く事ができる。
それだけで充分だ。
そんな事を思いながら、再び帰路に就く。
無惨と共に居るようになってから 夜道をひとりで歩く事は初めての事だった。
昔よりも、少しだけ 暗い夜道が不気味で恐ろしく感じるのは何故だろう。