第1章 其の壱
ひゅっと無惨の片手が振り上げられた。
嗚呼、私は此処で復讐すらも 何一つ果たせずに死ぬのか…
そう思い瞼をそっと閉じる。
が、いつまでたっても何も起こらない。
「…」
恐る恐る瞼を開くと そこには眉を下げこちらをじっと見つめる、哀しそうな 切なそうな、何とも言えぬ表情をした無惨がいた。
ざぁっと風が強く吹き、髪を梳かす。
その無惨の表情に、はっと息を飲む。
それ程に綺麗であった。
「何故命乞いをしない、何故私に逆らう。命が惜しくはないのか」
「…」
私と目が合うと同時に、振り上げたままで止まっていた片手が力なくだらりと下がる。
鬼というものは、欲望のままに人を傷付け、人を喰らうもの。
恐らく人間は皆そう思っているだろう。
その"鬼"が、あんな顔をするのか。
極悪非道極まりない、鬼の始祖が…?
否、鬼の始祖であるからなのか。
他の鬼はどうなのか。
私はますます"鬼"というものがわからなくなる。
そして、ますます知りたくなる。
「…私は、鬼のことが。そして貴方の事がもっと知りたい。」
そっと無惨の頬へと 引き寄せられる様に手が伸びる。
触れた頬は 相変わらずひんやりと冷たくて、それが妙に私を安心させた。
「お前といると、何千年と生きてきた私が今までに抱いた事のない感情が湧き出る。…不快極まりない。」