第1章 其の壱
正月を過ぎ、もう時期春を迎えようとしている今、羽織がなくとも過ごせるくらいの気持ちの良い気候だった。
「ところで今日は何処へ行くのです?」
「前に食べた"わっふる"が、又食べたいと言っていただろう。」
無惨のその言葉に目を丸くさせる。
以前、純喫茶なるものに連れて行ってもらった事があった。
その時"わっふる"という ふわふわの生地に林檎のジャミが挟んである西洋の菓子を食べた。
元々甘い物が好きだった私にとって、その"わっふる"は夢の様な食べ物で、また食べたいと話していたのだ。
それを覚えていて、連れて行ってくれると…
なんというか、甘やかされているのだろうか。
そんな無惨を横目に、歩む足を止める。
「…私…」
「なんだ」
「私、未だ母と貴方しか 鬼に会った事がないでしょう。母は鬼になってすぐに死んでしまったし、貴方は鬼の始祖…。貴方が鬼にした鬼に会ってみたい。生きていれば、母がどうなっていたのか、この目で見て、そして鬼というものを知りたい。」
無惨は、私に鬼を見せようとしなかった。
強い鬼が集められた十二鬼月というものがあり、その中でも下弦と上弦に分けられている事。
そして、無惨の呪いから外れている鬼が二人いる事。
そのうち一人は、人を喰らった事がなく 鬼狩りによって生かされていると言っていた鬼。
もう一人の鬼の事は何も話してくれなかった。
他の鬼について聞いた事があるのはこれだけで、それ以上鬼について話をする事もなかったのだ。
私はひとりでは出掛けないし、神社に鬼がくることもなければ、無惨と出掛ける時も鬼と出会す事はなかった。
ずっと、ずっと思っていた事。
鬼というものについて無知である私が、鬼としてしまった母。
生きていれば、どうなっていたのか。
鬼というものは どのようなものなのか。
知るのが怖いという気持ちも少なからずあるが、知っておかなければいけないと、ずっと思っていた。
「…鬼を知り、それでどうするというのだ。」