第1章 其の壱
その時私は、冷たくなった親犬をせめて埋葬だけでもしてやろうとその用意を取りに中へと戻った。
しかし、再びその場に戻ると、もう既に親犬の亡骸はなく誰かの手によって埋葬された後があったのだ。
こんなに小さきものを見つけ その命は無駄ではなかったと、そう言うように 短時間の出来事だったにも関わらず 丁寧に埋葬されていた。
誰がしたのかはわからない。
もう私が戻った時には既に境内には誰もいなかった。
だけど、なんだかそれがとても嬉しくて 親子の犬だけでなく、私まで救われた様な気になったのだ。
そんな気持ちになったのは、いつぶりかわからないほど久方振りの事だった。
私の母は、自分の意思ではなく 私の勝手な意思によって鬼とされ、鬼狩りに頸を斬り殺され、骨も何も残らなかった。
あのまま病死していたとすれば、人間のまま 安らかではなかったかもしれないが 自然と息を引き取り、骨も残り、埋葬されていただろう。
私は鬼となってでも どうなってでも 生きていてほしいと願ったが、母にとってそれがよかったのかと問われれば 結果的にそうでなかったという事はわかるし、後悔しなかったといえば、嘘になる。
それでも、私は鬼狩りを許す事ができずに復讐に生きる事を決めた。
だからこそ、あの親犬をきちんと誰かが埋葬してやってくれていた事はとても嬉しかったのだ。
そしてそれから定期的に、其の場所へと小さな可愛らしい花が供えられる様になった。
埋葬をしてくれた誰かが、花を供えにきてくれているのだろう。
その人はきっと、鬼や鬼狩りや そういったものとは無縁で、穏やかな日々を送っている、穏やかな 心優しい人だろう。
その人の穏やかな日々が、これからもずっと続きますように。
もう神や仏などは微塵も信じてはいないが、そう願わずにはいられなかった。