第1章 其の壱
下駄を履き、外へと出て鳥居を潜ると ふと狛犬の像が目に止まる。
それを見て そういえば、と思い出した事があった。
「最近野良犬の親子が二匹、此処へ来ていたんです。私は餌などやっていませんが、誰かが与えていたんでしょうね」
少し後ろを歩いていた無惨へと顔を向け、そう話し出すと 隣へと歩み寄ってきて 私の話に耳を傾ける様に歩幅を合わせてくれた。
「でも数日前に、境内を掃除をしていたら 親犬が血塗れで倒れているのを見付けたんです。その傍らには子犬が怯えた様に座り込んでいて…そして、血がついた木の棒が落ちていました」
「…」
「恐らく、よく此処へ来ていて、野良犬は汚い 煩い などと言って蹴ろうとしていた老人がそんな事をしたんでしょうね。」
「弱き者から死にゆく。所詮はそういう運命だったのだ」
その無惨の言葉に、そっと目を伏せる。
「…運命、ですか。子犬の方はもう此処へは来ないだろうと思っていたのに、他に行く場所も無いのかそれから毎日此処へ来るようになりました。母の面影を追っていつまでも此処に居座る私と、なんだか重なって見えたのです。」
「実に下らん。犬などと重ねてどうなる」
「…ふふ。貴方は奪う立場、私は奪われた立場。分かり合えませんね。」
何を言っているのかわからないと言うように片眉をぴくりとあげ、首を捻る無惨に 相変わらず 無惨は無惨だなと、当たり前の様な事を思い 思わず笑いが溢れる。
毎日毎日、飽きもせず神社へと足を運ぶ子犬を見て、なんとも惨めで滑稽だと思った。
親犬を探しているのだろうか。
私と同じ様に面影を追って?
それとも、殺した相手を探して噛み殺すつもりなのか。
あんな小さな身体で…?
そう思うほどに、自分がそう言われている様な感覚に陥った。
……ただ、ひとつだけ。
無惨にも言わなかった事がある。