第1章 其の壱
着物へと着替える様促され、無惨は部屋から出て行ってしまった。
無惨が贈ってくれた沢山の着物や帯の一つであり、私が中でも特に気に入っている 紺地に白や紅の牡丹の花がいくつも描かれている着物に、青柳色の帯を選んで 袖を通し 帯を結ぶ。
その雰囲気に合わせ、髪型も耳隠しに結い、紅を引き直した。
出来上がるとゆっくりと立ち上がり、くるりと鏡の前で一周回り 変なところがないか、もう一度確認する。
定期的に贈られるが出掛ける事が少ない為に、着ていない着物がどんどん溜まってしまっていた。
初めの頃は何も気にせず、いつもの調子で巫女装束のままで出掛けようとすれば 物凄く不機嫌そうに"私の贈った物が気に食わないのか"となんとも的外れな事を言われてしまったのだ。
だから、せめて 時々こうして出掛ける時くらいはとそれからはきちんと身支度をしてから出掛ける様になった。
支度を終えて、襖を開け 自室の外へと足を踏み出すと、すぐそこで壁に背を預け私を待っているのであろう無惨がこちらに気付き、視線のみをうつす。
「…馬子にも衣装とは正にこの事だな」
「私の着物姿、見る度にそう仰いますね。何度も見ているのにまだ見慣れませんか?」
何度目かというこのやり取りに、思わず はぁ、と溜息が漏れる。
着ていなかったらいなかったで、文句を言う癖に 着てもこの態度。なんとも傲慢な男だ。
未だ動かない無惨を横目にすたすたと歩き始めれば 後を追う様に無惨も又、歩き出した。