第9章 前夜《鱗滝》
「安心しろ、お前は強くなった」
少女は脚を折り曲げて身体を小さくして男の話に耳を傾ける。
「これまで諦めずに、よく頑張ったな」
男の掌が少女の頭に乗る。
男は厳しかった。けれども彼が本当は優しい人で、育手と言う立場から厳しいのだと子供達は皆解っているのだ。
「俺はもう寝るぞ」
ポンと頭に乗せられた掌に力が込められて、それが離れて行く。
そしてその男は立ち上がった。
「鱗滝さんっ」
扉の目の前まで来た男がぴたりと止まる。
「…何だ」
「…それだけですか?」
男を追いかけて立ち上がった少女は、力無く呟く。
「今日が最後なのに…」
「何を言っている…お前が選別に受かった後だって、此処に会いに来ようと思えば会いに来れるだろう」
「っ、そうじゃなくて…」
未だ背を向けたままの男の背中を見つめて、羽織の裾をきゅっと握った。
言いたい事は山ほどある筈なのに、言葉にならない。
「鱗滝さん…」
此処が運命の分かれ道だ。
明日、私は選別へと向かう。
命を落とすか、鬼殺隊になるかのどちらかだ。
どちらにせよ
今夜が最後なのだ。
何年も共に過ごしてきたこの男と、もう一緒には居られない。
「鱗滝さん…」
少女が見つめる先で、ゆっくりとその男が降り返った。