第9章 前夜《鱗滝》
静かな夜だ。
遠くからはホゥ…ホゥ…と梟の鳴く声が響く。
森の中に立つ小さな家の中で、布団を敷き詰めて子供達は眠りに付いていた。
少女はゆっくりと瞳を開ける。
今夜は満月だ。
窓からは月の光が差し込んで室内にも窓枠の形に光が伸びる。
光に照らされて、すやすやと寝息を立てる子供達の寝顔が照らされている。
足元に寄せられていた掛け物を少女は胸元まで掛けてやり、額に掛かる前髪を掌で優しく撫で付けた。
一組の空の布団に目をやり、それにゆっくりと近づく。
まだ暖かさの残る布団に手を這わせて、手がその上にある赤い面が触れる。
少女は立ち上がり、微かに開いている家の扉に近づいて行く。
扉の隙間から外を覗けば水色の雲の模様の羽織を身につけた男は横たえた大木の上に腰掛けていた。
引戸の取っ手に手を掛けて力を込めた。
音を立てないように開けたつもりが、ガラリと音がなってしまった。
音が鳴っても男は何の反応も無く、少女はその男がそこに座ったまま寝ているのかもしれないと思った。
ゆっくりと歩を進める。
「みさ」
男に手の届く所まで来た所で、少女は名前を呼ばれてピタリとその場に止まり、男の後ろ姿を見つめた。
「………」
「どうした」
「目が、冷めてしまって…」
後ろを向いたままのその男に背を向けるように、反対側に腰かける。
「…鱗滝さん」
「なんだ?」
「…私、強くなった?」
その言葉に、男の思考は過去を巡る。
身寄りがない少女を育手として引き取ったのはいつの事だったのか、まだ小さな少女の手を握りしめてこの家まで連れて来たのが始まりだった。
「そうだな…お前はどんくさくて、よく手を焼いたものだ」
それ故に、後に来た者にも先に行かれてしまう位だったのに。
もうこの子は才能が無いのかも知れないと内心諦めた
時もあった。けれども少女は諦めない。その心からは希望しか読み取れない。
気が付けば何年も一緒にいた事に気が付いた。
「それが…まさかこんなに才能を開花させるとは」
じっくりと訓練を繰り返し練り上げられた少女の呼吸は、これまで育ててきた誰よりも研ぎ澄まされていた。