第1章 またわざと罠にかかってしまった。
本当に馬鹿みたいだ。ダンジョンでわざと怪我をするなんて、絶対やってはいけないことなのに。
げに恐ろしきは恋心。
「トールマンは鈍くて間が抜けてる奴が多いけどな。お前はちょっと度を越してる。やっぱり探索に向いてないと思うぞ」
何度目か知らない忠告も右から左、脇の傷の痛みも何処吹く風、小さいけれど指が長くて皮膚の硬い手の温もりでいっぱいになっている今の私には何を言っても無駄だし、どんな怪我だってこの幸せを曇らせることはない。
「兎に角お前はマルシル同様鈍くさすぎる。俺の爪の垢でも煎じて呑ませてやりたいくらいだ」
迷惑そうな半目でちらりとこっちを顧みたチルチャックに、へらっと笑ってみせる。
「全く」
呆れ顔で溜め息を吐いたチルチャックは、童顔で小柄、まるで子供にしか見えない。これはハーフフットという種族の特徴だ。
身軽で器用なハーフフットは感覚が鋭く、ダンジョン探索ではレンジャー、スカウト系の役割を担うことが多い。チルチャックも解錠や罠の解除の他、危険回避や安全確保の誘導の役割を担っている。
私はトールマン。北方の大陸の北の端の出身。
パーティーのリーダーで剣戦士ライオスと魔術師ファリンのトーデン兄妹や片刃の剣を使う東方人の戦士シュローと同じ種族だ。
トールマンは悪く言えば突出した特徴がなく、良く言えば何でもそれなりにこなす中庸の種族で、各々の向き不向きや好き好きで鍛練を積み自ずから役割を決める。身軽で勘の鋭いチルチャックや魔術の扱いに長けたエルフで魔法使いのマルシル、身体能力の高いドワーフで斧戦士のナマリのように、種族の特性を生かしたポジションというものを持たない。
私の役割は魔術師だ。治癒と攻守、簡単な除霊を担う。この中で一番得意なのは防御だけれど、何れにしてもファリンやマルシルにはてんで及ばない。だから私がこのパーティーに加わるのは、ファリンかマルシルが何らかの事情でダンジョンに潜れないときのみ、しかも浅い階層の簡単な探索のときだけだ。情けないけれど仕方ない。何せファリンとマルシルが凄すぎる。トーデン兄妹のパーティーは実力が高い。私がレギュラーメンバーになれるようなパーティーじゃない。臨時雇いが慣例化しているだけでも有難いくらいのもの。
この私アニウ・ティングックは、不得意はないが得意もない、中堅の子供魔術師でトールマンなのだから。