第1章 またわざと罠にかかってしまった。
またわざと罠にかかってしまった。
右脇腹の皮膚が破れて生温かい血が溢れ、腰をぬるぬると濡らす。
「バカ!また人の話をよく聞いてなかったな!」
小さな手が二の腕を掴んで私を引き起こした。子供みたいな手。私の手と変わらない。
「だからお前と組むのは厭なんだ。自分で傷を治せるからって怪我を甘く見すぎなんだよ」
脇の下は皮膚が薄くて弱い場所なので、少しの傷でも割りに痛みが激しくて出血も派手だ。
だから脇を選んで怪我した。大袈裟な方が沢山心配して貰えるから。
錆びて切っ先の鈍った罠に削られた傷はスパッと切れた傷より痛いけれど、ダンジョンではこの手の怪我の方が多いから厭になってしまう。人型の魔物が使う武器は大抵鈍らだし、罠だって大体が長く張られることが目的だから頑丈ではあっても古びて錆びたり欠いたりしている。そういうものに力任せに斬られたり突かれたりと、皮膚や肉、筋肉の組織がズタズタになって余計に痛いのだ。
「おい、ぼうっとすんな!」
パンと軽く頬を張られ、その手からいつもの手袋が外されているのに気付いて、心臓が跳ねた。頬を張るのにわざわざ手袋を外したのだ。
チルチャックにはこういうところがある。
ドライで合理的なのに、ちゃんと筋の通った優しさを持ってる。ドライで合理的なことと優しいことはよく考えれば別に矛盾するものではないのだけれど、それが両立すると何故か意外な気がしてしまう。人の思い込みや印象はつくづく勝手なものだ。
「早く他の連中と合流しなきゃ、この階層はお前と俺の二人じゃ厄介だ」
私を気遣いながら罠のない場所を慎重に選んで前を行くチルチャックの小さな後ろ姿が凄く頼もしく見えるのは彼が実際頼りになる仲間だというのもあるけれど、それより何より私がこの口の悪いハーフフットを好いているから。
いや、好いてるどころじゃない。大好きな上に大好きで、もうどうにもこうにも大好きだ。構って欲しくてわざと怪我をするような愚を犯すくらい好き。馬鹿だなあと思うけど、駄目だなあと思うけど、止められない。
今も二人きりでいることも傷を心配してくれたことや、素手で頬っぺたを張られたこと、手を引いてくれていることも全部全部嬉しくて、胸がぎっちり絞られた雑巾みたいに捩れて切ない。切なくて苦しいくらい頭はお花畑。