第2章 損する探索はなるべくしたくない。何故なら彼は…
極北の狩りは目印に乏しい雪原や凍った海の上で獲物を求めて何日も流離う。厳寒の雪中で方角を見失えば即命取り、そういう環境下での狩りの経験が方向感覚を養ったのだと思う。
幼い私を呪術師の祖母や指物職人の父と留守番させるのではなく、敢えて狩りに連れ回したのは祖父と母の跡を継がせたかったからなのだろう。祖母の仕事に興味を持っていた私を呪術から遠ざける意味もあったかも知れない。
でも、それでも私は狩りより呪術や魔術が好きだった。だから、狩人にはならなかった。
そういう訳で、私は狩人じゃなくて魔術師。
なろうとして得た能力よりならなかったものから得た能力を褒められるのは複雑だ。
「褒めてんだぞ」
変な顔で考え込んでいた私にもう一度言って、チルチャックは磁石をポケットにしまい込んだ。壁から慎重に五六歩離れて、周囲の床をずっと見渡す。
数ある罠の印の中に何か標を見付けたのだろう。四方を指差し確認して、こっちに手招きする。
何の他意もないその手招きにまた嬉しくなって体を起こしたら、ついた手の下でカチンと音がした。
「あ、バカ!伏せろ!」
罠にかかったらしいことに気付き焦って手を滑らせた私は、その気もないのにタイミングよく地面に伏せた。ーと、いうか、顔から突っ込む格好でコケた。その頭の上を熱い風がゴッと吹く。
「ぅひゃ…ッ」
目をギュッと閉じて頭を抱える。髪の焦げる厭な臭いがした。手の下で頭頂部が仄温かい。ええ!?
「大丈夫か!?」
チルチャックの声に手を上げて答える。熱い風というか、もうこれ、火が吹いてる。いや、噴いてるんだな。
「ちょっと頭が焦げただけ…」
「そうか。そりゃ良かった。よくやったぞ、アニウ」
「…はぇ…?」
頭を焦がして褒められるとはよもや思いもよらない。
「これが下だな」
腕で顔を覆いながら壁の穴から噴き出す炎を避け、チルチャックが側に来てしゃがみ込んだ。
「下?」
「下は熱いんだろ?」
「ああ!」
わかった!上下左右の話ね。
下が熱いなら上は凍える。右から左に荒れる。何だ、東西南北のことか。北は凍えるし南は…熱いじゃなく暑い。拡大解釈しやがってこの古代文字め。そして、天気は東から西に崩れる。
私は南のワードを司る罠にかかったのだ。