第9章 *極悪非道 時透無一郎
父親の元に残った私はただ単に、苗字を変えたくなかったからで、
何でお母さんが家を出ていってしまったのか、今も原因がわからないまま。
寂しい時間は、すぐに消えていったけれど、無一郎、有一郎の事を忘れることは片時もなかった。
覚えてないのは正直、悲しかった。でも、一番悲しかったのは
初恋の相手の女の影。
それも一人二人どころではないこと。
なんなら、このクラスにいる数名が無一郎の彼女かもしれない。
どうしてそう言えるのかと言うと
先週末に忘れ物を取りに教室に戻ろうと階段をかけ上ったところ
普段誰も使わない物置きと化してる空教室から
何やら話し声が聞こえて…その声に聞き覚えがあった私は駄目だとわかっていながらも盗み聞きをしてしまったのだ。
「私…時透君が好きなの…」
「…うん、で?」
「良かったら付き合ってくださいっ!」
「いいよ…ただ、僕すぐに忘れるからそれでもいいなら」
可愛らしい女の子の声。精一杯の告白に、無一郎はすぐにOKの返事をした。
それ以上、見ていられなくて忘れ物を取りに行かず逃げるように引き返した。
それからその二人がどうしたのかなんて私の知る術はなく。
そして、一昨日もそうだった。
運悪くまた告白の現場に遭遇したのだ。そのまま逃げれば良いものを
また別の綺麗な顔をした先輩が、無一郎に告白してて。
彼女がいるから断るんだろうと思えばまた二つの返事と忘れるからの一言。
それで全てを理解した。
あぁ、無一郎は自分に気づかない内にどんどん彼女を増やしてるんだなと。
彼女になった子達は、暗黙の了解が存在するという。
もちろん、それは無一郎を独占しないこと。
初恋の相手がいくら記憶を無くしたからとはいえ身を引き裂くような思いが毎日のように 私を襲っていた。