第30章 奇跡と恋と最期の願い時透有一郎
『わ、私…かれんさんになれたのっ…』
やはり私は狡い。
戸惑う心の奥底は、不安と見え隠れする喜びだった。
化粧室を出れば時透君が壁に背を預け待っていた。
「大丈夫か…?具合い悪い?」
『だ、大丈夫…』
「顔色悪いから、無理するなよな」
心配するのは私ではなく、かれんさん。
頭ではわかっているのに、心は勘違いをしてしまう。
私は知らない。優しそうに頬笑む彼も。心配そうに見つめる彼も。
常に彼女の事を考え行動する彼を
私は何一つ知らないのだ。
心臓がぎゅっと胸を締め付ける。
左胸を押さえるように、痛みを和らげるように服をぎゅっと掴めば、彼はまた大丈夫と口を開く。
そんな彼に私は大丈夫と呟いて廊下を歩く。