第3章 合縁奇縁
「転校生だ。名前は──」
冨岡先生はそう言うと、理緒を見る。目が合うと、無言でチョークを差し出した。
名前は自分で書け、ということだろうか。
初めて廊下で会ったときから思っていたのだが、冨岡先生は圧倒的に言葉が足りない。
そんなことを思いつつ、チョークを受けとる。
指先につく粉を気にしながら、黒板に名を書いた。
『天春 理緒』
書き終わり、黒板から向き直る。
教室中の視線が集まっていることに、嫌気が差す。早く逃れたい。
「理緒ちゃんって言うのか!可愛いな~~~!」
と、善逸は浮かれた声をあげる。
それを聞いた理緒は、転校生という物珍しさと興味から適当なことを言うものだ、と軽く流した。
「天春の席は、炭治郎の横だ」
炭治郎が誰か理緒にはわからなかったが、空席は一つしかない。その席へと足を踏み出す寸前に、教室内の誰かが言った。
「自己紹介しないんですか?」
その言葉を皮切りに、「質問したい!」「話聞きたい!」など、口々に言い始め、再び騒々しくなる。
それからは、次々に質問が飛び交う。呆れながら、事態が収まるのを待っていたのだが──
「なんで何も言わないの?」
何気ないその一言に、体が硬直するのを感じた。
心臓が煩い。落ち着け、落ち着け、落ち着け。
「天春は筆談で答える。聞きたいことがあるなら、目の前に行って直接聞け」
冨岡先生が粛々と説明をした。
教室内が奇妙な静寂に包まれ、理緒はいたたまれない気持ちになった。