第3章 君の隣
※宗次郎視点のお話です。
薄暗がりの中。そして静寂に包まれた空間。
起床して活動するにはまだ幾許か早過ぎるといった頃合だろうか。
感覚的に悟った刹那、溶け込むように眠りの中へ入ろうとしたが、朦朧としながらも宗次郎の視界は隣の温もりへと向かっていて。
分かっているのだけれど、惹かれるようにそろりそろりと視線を辿らせていた。
「…無防備な顔して。」
ささやかに眉を緩めながら漏れた穏やかな声。
──規則正しく響く静かな寝息。どうやら彼女の方は深い眠りへと就いているらしい。
昼間の快活さや騒々しさはどこへやら。未だに感じる物珍しさを抱きながら宗次郎は蛍の顔を見つめていた。
“宗次郎は優しいよね。そういうところが好き”
よく蛍は笑顔でそういった言葉を口にするのだが──戸惑いを感じないかと問われればそうだと思ってしまう。
宗次郎自身は優しさを備えようだなんて思わないし、そういった感性を持つことが良いことなのかとは到底思えない。
いつだったか、もう朧気になっているけれど──
“生きるか死ぬか”その極地を経験したのだから、そして何を捨ててでも他者を殺めてでも“生きる”ことを選んだのだから。
すなわち、非情であることが自分が修羅たり得る為に必要な強さなのに。──そんな風に背徳的に思わないわけではない。
「…僕を困らせたいんですか?」
そっと言葉が口をついて流れた。
そうして少し間を置いて、我ながら何を言っているのだろうと苦々しく思い、そして微笑みを浮かべた。
無邪気に眠っている蛍。どことなく笑顔で楽しい夢でも見ているようで。
──この暖かな存在をどうしてこんなにも愛しいと思ってしまったんだろう。
そう思う一方で、別の想いが頭の片隅から囁きかける。愛しいと感じないなんて無理だ、と。
白くてほんの少し紅を帯びた頰にそっと手を伸ばす。触れた指先はその柔らかさを堪能しながらゆっくりと撫でていく。
「…困るなんて、嘘。ねえ、蛍。ずっとこのままいて…くださいね…?」
擽ったかったのか、頬に陰を差す長い睫毛が少し震え、返事とも言葉とも受け取れないような声が聞こえた。
その仕草にどこか安心して、やがて微睡みかけた意識に飲まれて体を横たえた時だった。