第4章 ◇3話◇混乱
「…あなた、誰ですか。」
怯えながら、訊ねる。
自分を守るために、役に立たなそうな枕を盾にして顔の半分を隠した。
私の質問は意外だったようで、男はとても驚いた顔をした。
「覚えてねぇのか…?」
「それ以上、近寄らないで!」
男が私の方に手を伸ばそうとしたから、盾代わりの枕を前に突き出した。
そして、ハッとして自分の格好を確かめた。
会社帰りに買ったばかりの白いロングワンピースのままだし、脱がされた様子はない。
とりあえず、未遂ではあるようで安心した。
「俺はお前の恋人だろ。」
男は少し苛立った様子で言った。
数か月前のストーカーのセリフを思い出した。
あぁ、またかー。
ストーカーというのは、すぐに恋人になりたがるらしい。
私だって素敵な恋人が欲しいとは思っている。
でも、妄想甚だしいストーカーなんてタイプじゃないし、むしろ嫌いだ。
勝手に恋人になったつもりでいるなんて気持ち悪い以外のなにものでもない。
それに、自分は恋人だと信じ切っているその目が、すごく、怖いー。
私はあなたの恋人なんかじゃないー!
頭の中では私はハッキリとそう告げているのに、恐怖に支配された身体は自由に動かなくて、震えるばかりだ。
出来たのは、必死に首を左右に振るだけだった。
違う、違うー。
私はあなたの恋人じゃないー。
必死に首を横に振る私に、男の方が傷ついているようだった。
そして、男は強硬手段に出てきたー。
「俺が思い出させてやる。」
男は、いきなり私をベッドに組み敷いた。
今から私を犯そうとしている男の目に宿るのは、怒りでも欲望でもなくて、ただ悲しみで溢れていた。
それが余計に怖くて、私は自分でもよく分からないことを叫びながら思いっきり男の太もものあたりを蹴った。
意外と背が低いらしい男の脚はとても細かったけれど、すごく硬かった。
だから、蹴った私の足の裏の方が痛かったと思う。
ただ、自分のことを恋人だと信じ切っている男は、抵抗されたことがひどくショックだったらしく、腕を押さえていた手の力が緩んだ。
その隙に男を思いっきり突き飛ばして、ベッドから飛び降りる。
そして、すぐに追いかけてきた男の顔面に枕をお見舞いしてやった。