第1章 一
陽が傾いて、西の空から緋色を先頭に濃紺へと幕を引いていく。
最後の糸始末をして、針山へ針を戻す。
「……出来たぁ…」
何とか誕生日に間に合った、政宗への誕生日プレゼントは、竜胆(リンドウ)で染めたシルクのワイシャツ。
ボタンもシルク地も糸も、わざわざ信長さまが南蛮から取り寄せてくださった。
「……政宗、喜んでくれるかな…」
そう思うだけで、口角が上がる。政宗のこと、大好きだなホントに…。
強張った肩や背中を、天井を押し上げるように伸ばしたところに、政宗が入ってきた。手には重ねたお膳が2つ。
「夕餉を作ってきた。冷めないうちに食えるか?」
「うん、ありがとう」
服を畳んで針箱を片付ける。
政宗の誕生日が来るまでは絶対に見せない、と約束してあるからか、興味はありそうでも無理に見ようとしない。
「今日は、お前に教わったものを作ってみた。500年後と同じってわけには行かないだろうが、食べてみてくれ」
「わーい!」
それはいつか、政宗に請われて作り方を教えた角煮だった。艶々と飴色に輝くお肉からは、まだ湯気が立ち上っている。
「美味しそう~っ、いただきます!」
差し入れた箸の先端が滑らかにお肉を割って落ち、お皿に行き当たったところで左右に開く。断面から溢れた透明な脂が煮汁に水玉模様を描き、難なく割り切れるほど柔らかい。
慎重に持ち上げてそのまま口の中へ運ぶと、醤油の香りが鼻から抜けていく。
その甘じょっぱさのあとに脂身の甘さが来て、噛み締めたお肉はすぐにホロホロと崩れて無くなってしまった。
「……おいしい…」
もっと噛み締めていたいのに、すぐ無くなってしまう角煮は、本当に綿アメみたいだ。
「味は良いんだが、中まで染みてるか?」
「うん!私が作ったのより美味しい!」
政宗が、ははっ、と笑いながらお味噌汁に口をつける。