第1章 一
バタン!
主任が押し開いたドアが冷たく閉まると、パソコンの打刻音や筆記音が沈黙を申し訳なさそうに破く。
人が動く気配に混じる、不明瞭な話し声。
それを目の当たりにするのが怖くて振り返ることが出来ない。
『出た出た、お局様の嫁いびり』
『きっついよねぇ~』
クスクスクス…
「………………」
もう、耐えられないと思った。
主任から直接いびられたのは、これで何度目だったかな?
未伝達だった連絡事項。嘘を教えられた会議の時間。デザイン画の横取り未遂……
(挙げたらキリがないや…)
クスクス笑う彼女たちも同じ。
私が大切にしてたペンをバキバキにしたり、経費で通るはずの消耗品費を通らなくしたり…
(もういいや……疲れた…)
このまま退職しよう。
非常識と思われてもいいよもう。
そう決めて、ただの帰り支度と変わらないように持ち出せる私物を全て鞄に収めた。
オフィスはいつもの騒々しさを取り戻していた。
誰も気に留めない。
私も彼らと同じ立場だったらきっと、見て見ぬふりする。
立ち上がって出ていこうとした瞬間、急にドアが開いて相手と正面衝突するところだった。
「っっっとぉ、ビックリした…っ、あ、ごめんね」
「……っ、…せんぱい…お疲れ様ですお先に失礼します……」
「ちょ……っ!……?」
鉢合った伊知子先輩の脇をすり抜けて、足早に廊下を進む。閉まりかけたエレベーターに滑り込んで1階ボタンを押す。
8
7
6
5
………
視界が歪んでる。
そう気付いたのは、会社を出たときだった。