第1章 一
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「……………え?」
「聞こえなかったかしら。コンペに向けたプレゼンが通ったの。来月までに本作を提出しなさい」
思わず見やったデスクのデジタル時計は8月3日になっている。もう終業時間だ。
「来月までにって…」
私がプレゼンをしたのは、半年前。
翌月には結果が出るから、合格者のみに通知すると言われていたけれど、それから待てど暮らせど、通知がなかった。落ちたのだと思っていたのに――
「3週間ちょっとしかないじゃないですか!」
通知から5ヶ月も空くのには理由がある。
デザインからパターンを起こして、コンペ用に仕立てるために与えられた、ギリギリの猶予。
「今からなんて無理です!」
「無理?」
主任の目の色が変わった。
長谷主任はバリバリのキャリアウーマン。上からの覚えもめでたく、才能・技術・営業スキルともに彼女より抜きん出る者はいない。
けれど、度を越した人間関係の公私混同が目立ち、同僚以下の周りからはいわゆるお局様と言われている。
「そんなこと知ったこっちゃないわ。日頃の社内メールも確認してなかったの」
「確認してます!」
目をやらなくても、視線が集まってくるのが分かる。
「問題だわ。上司である私の評価を下げないでちょうだい。そもそもそんな事で私の足を引っ張ろうだなんて1,000年早いわ」
「そんな…っ」
「残業は一切認めない。日頃の職務を怠ることも許さない。万が一コンペに間に合わなくても自業自得よ」
話しを勝手に切り上げた主任は、颯爽と自分の荷物を持ってオフィスから出ていった。