第7章 漆
愼寿郎side
千寿郎が去って部屋に静寂が戻る。
息子から恨み言を遺されたと思っていたが、遺されていた言葉はまさかの己の体への心配だった。
驚きのあまり庭を眺めていた目が見開かれる。
不意に過ぎったのはどんなに素っ気なく返しても変わらない笑顔で接する杏寿郎の姿だった。
そんな姿をかき消すように酒を煽ろうとした手が止まる。
先程千寿郎から聞いた杏寿郎の言葉が頭から離れず床に酒を勢いよく置く。
どんなに辛く当たっても己の前では怒りもせず悲しい顔もしなかった杏寿郎、恨まれて当然だと思っていた。
日ノ呼吸について書かれた炎柱ノ書を読んでからというもの、己の才能の限界に打ちひしがれた。
そんな矢先に最愛の妻をも失い、剣士としての情熱も失ってしまった。
全てを放棄した、杏寿郎に剣を教えることも。
酒に浸り何も考えないようにした、もうどうでもよかった。
努力したって所詮炎の呼吸も日の呼吸の派生に過ぎない。
超えることは出来ないのだ。無駄なんだ。
杏寿郎は教えることを止めた後も己の力で炎の呼吸を習得し柱にまでなった。
嬉しそうに報告しに来た時も怒鳴り追い返した。
最後の最後まで父親らしい事はしてやらなかった。
だから恨まれて当然なんだ。
それなのにお前は___
愼「…杏寿郎!!」
最後まで父として慕ってくれたのか。
愼寿郎の頬を幾つもの涙が伝う、本当にこの世にもう杏寿郎はいないのだと知ったから。失ってから気づくのは遅すぎた。
静かな部屋に愼寿郎の啜り泣く声だけが響いていた。