第3章 僧侶の疑念
顕如さんは怪訝そうに眉を寄せ、腕を下ろす。
「それはボールペンといって筆のようなものですが、墨をつけずに書けてこの時代にはない品です」
「たったそれだけでお前の言い分を信じろと言うことか」
「……はい」
(ほかに証拠はない。これに賭けるしか……)
「たしかに、そのような珍妙な品は初めて見る。だが私には何番から仕入れたものにしか見えん」
「ま、待ってください! いくら異国の技術が進んでいてもこのボールペンは作れません。プラスチックという、今の時代にはない材料が使われていて……」
「黙れ」
「……」
威圧感のある一言が、私から言葉を奪う。
「信長は頻繁に南蛮人と交易を行なっている。珍しい筆が流れてきてもおかしくはない。現にこの安土の市には南蛮渡来の品が多く並んでいる。織田軍の人間……特に、信長の寵愛を受けた者ならば、異国の筆の一本や二本、容易に手に入れられるだろう」
「寵愛をなんて……ありえません」
…
「二度は言わせるな」
…
「もし貴様が敵に回るようなことがあれば、その時は迷いなく斬る」
…
(少し会話しただけで、あんなに恐ろしいのに……)
「…………」
こうして思い出すだけでも、声が震えてしまう。それほど信長様の苛烈さが酷く心に刻まれていた。
その時……
「???」
かちゃんと小さな音がその場に落ちる。顕如さんは、何故か刀を鞘がわりらしい錫杖へしまっていた。
「タイムスリップなどと世迷い事で煙に巻く散弾だと思ったが……本当に偶然だったらしい」
「!」
(信じてくれた?)
私でもわかるようだった殺気が薄くなる。
(何がきっかけかわからないけど、とにかく助かってよかった)
安堵に包まれていると、顕如さんが不意に一歩詰めてきた。
(あっ)
思わず肩をびくっと揺らすと足を止めた顕如さんが、凄みのある笑みを浮かべる。
「私が怖いかお嬢さん。ならば近づかないことだ。鬼にとっては女子供も、ただの生贄だ。鬼に食われぬようその呑気さを治すのだな」
そう顕如さんが言い終えると同時に、左肩をぐいっと引かれ誰かの背に庇われる。
「!?」
「誰だ。こいつになんの用だ」
凄みのある声がして私はびくりと肩を揺らすが、その声は天月ちゃんで絶対的な安心が心の中に湧いてくる。
「……っ」