第3章 僧侶の疑念
そう言う顕如さんの刀からは、僅かに血が滴っていた。胃の腑が喉元まで迫り上がるような恐怖のまま、か細い声で尋ねた。
「ここで.……何があったんですか」
「見て分からんのか、斬り合いだ。織田軍の兵士に顔を見られては不都合だからな。ゆえに斬った」
(偶然居合わせたわけじゃなく、顕如さんがあの人たちを……)
直視できない生々しい光景が背筋を凍らせる。
(どうして、こんなこと.……)
「あなたはお坊さんなんですよね」
顕如さんは顔に走る傷を歪ませ、呆れたように鼻でわらった。
「僧侶は人の命を奪わないと思っているのか、能天気な女子だ。乱世のいくさを動かしているのは、武士だけではない。時に忍びのように懐に潜り込み戦う。我が同胞はそのような集まりだ」
(そんな)
現代の常識が通じないことを、昨日で十分身に染みた……はずだった。けれどまたうちのめされる。
(この時代でもやっていけそうなんて、甘かった。お坊さんですら簡単に人を殺せる時代なんて、生きていける気がしない)
そんな私を、顕如さんが鋭く睨みつけた。
「お前の問いに答えた。次は私が尋ねよう」
顕如さんは刃先についた血を振り払いーー
鈍く光るその刃を私の眼前に向けた。
「答えろ、あの夜どのようにして本能寺に潜り込んだ。なぜ信長を助けた」
「どうしてそんなこと知ってるんですか」
「訪ねているのはこちらだ」
少しでも動けば斬られる。
恐怖と絶望は、次第に焦りに変わり、停止していた思考を動かす。
(この人が信長様とどんな関係かわからない。でも、あまりよく思ってなさそう)
自分は織田軍の味方ではない。けれど、身を寄せていることは事実だ。
(それを正直に言うのはまずそう。織田軍にいることは言わず。でも、嘘をつかないですむ方法ーーーあっ)
織田軍の味方ではないことと、本能寺にいた理由を説明できる方法が一つあった。
(言うしかない)
「私はこの乱世の人間ではありません。五百年後からあの本能寺にタイムスリップしてきただけです。だからあの場にいたのも、信長様を助けたのもただの偶然なんです」
「…………」
「話す気はないと、いうことか」
冷たく言い捨て顕如さんは刀を振り下ろす。
私は慌てて巾着を探り…ー
「これを見てください!」
震えながらボールペンをかざした。