第2章 安土城での暮らし
舞に囲碁の指導をした翌日、偶然見つけた道場の中を除くと、竹刀を一心不乱に振るう家康がいた。
「家康様」
後ろからの声に手を止め振り返る。
「何」
「お1人ですか?」
「そうだけど、なんの用」
「すみません。用はこれと言って特には思い当たりません」
「あんたって、変なところで正直だよね」
「そうでしょうか?」
きょとりと首を傾げてみると不快そうに顔を歪めた。
「ねえ、その顔なんとかならないの?」
「はい?」
「その上辺だけの笑みなんてやめなよ。あんた目が笑ってないよ」
「そんなことありませんよ」
ニコリと笑うが家康に両頬を挟まれ、目を眇める。
家康は上辺だけの笑みをなんとかしたかったのか、天月の頬をむにゅっと押した。不快気に眉間にしわを寄せながら家康を見ると、薄緑のひとみと目が合う。一瞬でも目を見開き目を逸らすと家康の顔が近づき、頬を挟んでいた手はいつの間にか両肩に乗せられており、天月の瞳が不安気に泳いだ。
「……」
「……」
ふと顔が離れ両手が下される。
「はあ、早く行きなよ。鍛錬の邪魔だから」
「……それもそうですね」
天月が出て行くと家康は小さく呟く。
「はあ、一体何やってんだろう」
「なんだ家康1人か」
「……光秀さん」
「先程、天月を見かけたが」
「そうですか」
光秀のニヤニヤした笑みを横目で確認して、また竹刀を振るう。それを静かに見つめる光秀。
「しかし……あの女子だが」
「……」
光秀の呟く声に反応したがすぐ視線を戻す。
「俺には関係ないことなので」
「俺はまだ何も言ってはおらんが」
ニヤリとした挑発な笑みに口を噤む。
「だがしかし家康、もしもあの女子が信長様の命を狙う間者だったのならばどうするのだ?」
「……っ!」
「まあそんな証拠は持ち合わせてはおらんが……、警戒は怠るなよ。舞のことも気になるしなあ…… うさぎが狂犬に化けることもある」