第2章 安土城での暮らし
「三成さん、失礼いたします」
天月は三成の部屋を訪ね声をかけたが、その部屋の主は高く積み上げられた本に囲まれながら真剣に文字を追っている。
傍らまで近づき、本を読んでいる三成の肩越しに文字の羅列を見れば一瞬にして目を逸らし呟く。
「やっぱり無理だこれ」
「…………」
「あの三成さん、もうそろそろお食事の時刻になりますが」
呼びかける声になんの反応も示さずに、表紙をめくる音だけが聞こえる。
男性な横顔を覗き込む。彼は彼女の気配に全く気づいていないようだ。
じとりと目を細めた時、すっと襖が開き、秀吉が御前をもって入って来る。
「あ、秀吉様」
「あ、天月」
「えーっと……?」
「三成はなあ、書物を読む時集中力が上がるんだ。それはこいつのいいとこなんだけどな。呼び掛けても返事しないだろ? まったく困ったものだ」
秀吉は溜息混じりに言う。
「そうですか? 私は素晴らしいと思いますよ。それほど夢中になれるものがあって」
「いやあまあそうなんだが、食事を取らないのは問題だ。三成は没頭すると1日は軽く超える。それも書物だけで」
「……」
「そう言えば、この前は3日間も書物から顔を上げない時もあったんだぞ」
「へ、へえ、それは凄い」
秀吉は三成の隣に座り、彼の口元に食事を運ぶ。三成は口を開き秀吉の差し出したご飯をぱくりと食べた。
「ははは、まるで親鳥と小鳥ですね」
三成にご飯を食べさせ終えた後、秀吉と廊下を並んで歩く。
「………天月今後三成の食事のことも頼んでいいか?」
「え、私がですか?」
「ああ、お前がよければでいいんだが……」
「ええ、もちろんお受けしますよ」
「本当か?、ありがとう」
「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」
「本当にすまん」
「え、どうしたんですか急に」
「実は俺は今でもお前を疑っている」
「はあ」
「なんでだろうな、特に怪しいところは無いのに。ははっ、酷いよな」
「……いいえ、秀吉様が疑うのも仕方がありません。すべて信長様のためですから、私を疑うのも当然ですよ」
「ああ、お前に慰められるとはな。でも何か困ったことがあったら俺を頼れよ」
「ありがとうございます。何かあったらすぐ秀吉様を頼りますね」
「おう。あと、様付けは止めろ?」
「はい?」
「なんか堅苦しいんだよな。秀吉でいい」
「……考えておきます」