第5章 別れ
――やった。これでアリスの命は救われる。この懐中時計なら良い金になるだろう。リドルは医務室に着くと勢いよく扉を開けた。
「見ろ!グレイン、金目の物が手に入ったぞ!これを売れば――」
しかし医務室の異様な静まりに、リドルは言葉を切った。コルウスはリドルの言葉に振り返りもせず、アリスは苦しそうな呼吸はおろか、寝息さえたてていない。
これは、どういう事だ。まさか……。嫌な予感がリドルの脳内に奔る。
リドルは1歩1歩アリスの横たわるベッドに近づいた。そこには、目を伏せ、胸の上で両手を組み、青白い顔をして、永久の眠りについているアリスがいた。その傍らには、冷たい赤褐色の目をしたコルウスが杖を握って座っていた。
「グレイン、まさか……お前……」
「一足遅かったようだな、リドル」
コルウスは杖をしまうと、立ち上がり「先生方を呼んでくる」と言って医務室を出ようとした。リドルは素早く前に立ち塞がると、相手が上級生で主席だと言う事も忘れ怒鳴った。
「何故だ!何故アリスを殺した!?あんなに愛していたんじゃないのか!?」
「俺は今も昔も、誰も愛してなどいない」
コルウスの瞳はリドルを映してはいなかった。その赤褐色の瞳は、まるでくすんだガラス玉の様に、ただ虚空を見つめていた。
「だから……殺したのか?……愛していないから?」
「いや、違うな」
そこで一旦コルウスは言葉を切った。そして無表情で一言こう呟いた。
「――邪魔だったからさ」
それを聞いたリドルは、体中の力が抜けていくのを感じた。胸に穴が開いた様な虚無感。コルウスは目の前に立つリドルを片手で退かすと、医務室を出て行った。