第8章 つかの間の愛
「おかえり」
玄関の開く音が聞こえ、私はいつものようにそう言った。
「ああ」
玄関で腰をかけて靴を脱いでいる気配がする。
「ホイコーローのにおいがする」
玄関からそんな土方さんの呟きが聞こえた。
「あたりです!さすがに週一は多いかな~と思ったんだけど」
結局ホイコーローにしてしまいました。
いつものように椅子に上着をかけ、私の隣に立った。
コップに水を入れ、グビグビ飲んだあと、料理で使った鍋と一緒に洗い始めた。
しばらく沈黙が続いた。
なんだかいつもと違う、沈黙。
お互いにそれを感じたのか、少し気まずい顔をしながらそれぞれの作業をこなした。
その、いつもと違う沈黙を破ったのは、土方さんだった。
「…例の麻薬がまた流行りだしたそうだ」
土方さんが私の様子を窺がっている。
私は作業をする手を一度止めた。しかし、すぐに動き出した。
「知ってます。今日、スーパーでおばさんに聞きました」
「…どうやら地球に入ってくる天人たちに持たせて密輸させているらしい」
天人たちは治外法権だし、そう厳しく取り締まれないだろう。ただ宇宙船丸々一機を使うのと比べれば微々たる量だと思う。
手口は違うが、同じ『桃蜜』、春雨の手によるもので間違いない。
「今回は…私にはわかりません。どこが取引場所なのか」
「俺たちは末端売人が捕まえたいんじゃねえ。首謀者を知りたいんだ」
やっぱり土方さんは気づいていたみたいだ。
私が首謀者側の人間であることを。
私はフライパンの火を止め、お玉を取ろうと手を伸ばした。
「那美」
その手をぐっと掴まれた。
まっすぐにこちらを見ている。
「俺がお前を守ってみせる。だから…話しちゃくれないか?...何もかも」
答えれば春雨を裏切ることになる。
私は瞬時にそう思った。