第1章 プロローグ
「こいつは強くなる」
神威は私の頭をつかんで強い語気でそう言った。
「はぁ。どこかで聞いたことがあるセリフですが」
「今回はキャッチアンドリリースってやつだよ、阿伏兎」
「なんですかそりゃ。全然面白くないっすよ」
「別にギャグで言ったわけじゃないよ。俺はいつでも本気だよ」
「…前言撤回。そんなことを本気でやってしまう貴方様は抱腹絶倒もんだ、ちくしょぅ」
そう言って阿伏兎はあきれたように持っていた傘を肩に担いだ。
そのはずみでマントが翻り左腕がないことに気づいた。
私はそれを見てごくり、と息を飲んだ。
その私の様子を見て、阿伏兎は諭すように言った。
「片腕がない?片足がない?…そう驚くことじゃない。あんたがこれから入る世界はそんな世界さ。
夜兎じゃないお嬢ちゃんにはちょっと激しい世界だよ~。団長にあの時殺されてたほうのがよかったのかもしれないよ」
「いいえ。私はまだ死ねないのです。だから、これが一番いい選択だったと胸を張って言えます」
阿伏兎の最初のほうの言葉には圧倒されたが、最後のほうはどうしても譲れなかった。
ここがどこなのか、なぜここにいて、私はどうやったら元の世界に帰れるのかもわからない。
ただ、生きて帰りたい。
いろいろな疑問の中にある答えはそれだ。
それだけは譲れない。
「…そうかい…」
今までの弱弱しい私とは違った表情だったのか、一瞬面喰った阿伏兎は呟くようにそう答え、私の頭をポンと叩いて背を向けた。
「団長、あんたはほんとに見る目があると思う。
…でも、今回のあんたの人選は間違いだと思う」
それだけ言って阿伏兎は自分の部屋らしき部屋に入って行った。