第32章 花の後と、墓参りとモノクロームと
『そ、そんな事に力使っちゃダメ!
セツナの心臓が可哀想だよ…。大丈夫?ちゃんと正常に機能してる?』
「そんなに心配なら…確かめてみればいいだろ」
驚く暇もないくらい、瞬時に俺はエリの腕を引いて。自分の胸の中に押し込めた。
そして、心臓の位置に彼女の頭を押し付ける。
するとエリは馬鹿正直に、俺の胸に耳を当てて その鼓動を確認するのだった。
『……うん。よかった…ちゃんと動いてるね。
とくん、とくんって、動いてる。
あれでもなんか少し早いかも…やっぱり力使うから心臓に負担がかかったんじゃない?』
「…っ、たく、…お前は…!」
本当に馬鹿だなこいつは…
俺の鼓動が早くなった原因なんて、今のこの状況から察して欲しい。
まぁ、薄々気付いていた。
こいつはこの手の事を察する鋭さなど、微塵も持ち合わせていないと。
『??』
俺は頭上に咲き誇る桜の枝に手を伸ばした。
長身の俺なら、ギリギリ花に手がかかる。
そして一輪の花を手に取る。
「エリ お前言ったな。俺に幸せになって欲しいって」
俺は摘み取ったばかりの桜を、指でくるくると回して眺めながら彼女に確認した。
たった少し前の会話の内容だ。忘れているわけはないだろうが。
『勿論覚えてるよ』
「…確実に、俺が幸せになれる方法がある」
『え!?なに?教えて!』
予想通りだった。
彼女は目を輝かせて顔を上げるのだった。
俺は、彼女の唇にさきほど摘んだ花を押し付け。
そしてその上から自分の唇を押し当てた。
『………!』
「………」
こんなのは、キスとは呼ばない。
互いの間に異物を挟んだキスなど、大した意味などなさない。
そう分かってはいるのに。
花を介して伝わってくる彼女の唇の熱と。柔らかさが。
俺の心を震わせていた。