第32章 花の後と、墓参りとモノクロームと
舞い散る桜の花弁は、静止してその場で固まり。
押しては引いてを繰り返す筈の海の波も、その活動を停止する。
そして、
この世界は一切の色を失ってしまうのだ。
灰色一色で構成された世界。
まるで【モノクローム】の世界。
その光景はまるで天変地異のよう。
俺はずっとこの世界の景色が好きだった。
時任一族の中でも、たった一人しか見る事の出来ない 特別な景色だったから。
だが…
この特別な世界も、エリに出会ってからは一気に退屈な世界へと変わってしまった。
この世界には、何もない。
お前の髪を揺らす筈の風も。
花を思わせるような、お前の唇の赤も。
鈴の音のような心地良いお前の声も。
何一つ、ありはしないのだから。
俺は彼女のこの笑顔を瞼の裏に焼き付けると、肺に酸素を取り込んだ。
すると彼女が大きく瞬きをした。
『……セツナ』
「…なんだよ」
『いま、止めた?』
驚いた。分かるのか。俺が時を止めた事。
「……止めてねえ」
『う、嘘だ!なんていうか、こう…違和感?みたいなのがあるの!
もう何度もセツナの力、近くで見てるからね。分かるんだよ?』
こうも自信有り気に説明されては、シラを切るのも無理があると思った。
いや…別にシラを切らなくてもいいか。
「お前があまりに綺麗に笑うからよ。
時止めてでも、じっくり見たいと思っただけだ」
『!!……〜〜っ、』
ただ本当の事を伝えただけなのに、この反応だ。だからこの世界は堪らない。
色の無い世界では、彼女のこんな赤くなった顔は拝む事が出来ないから。
それだけじゃない。
改めて見ると、この世界の景色の美しいこと。
広々と広がる広大な海な深い青色も。
その上を滑るように移動する波の白色も。
見上げれば満開に咲き誇る桜の桃色も。
つやつやと風になびいて踊る芝生の緑色も。
こんなにも世界には美しい色が満ち満ちている。
それをこの俺に教えてくれたのも、アンタだ。エリ。
エリが、俺のモノクロだった世界に、カラフルに色を与えてくれたんだ。