第32章 花の後と、墓参りとモノクロームと
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こうやって、こいつと言葉を交わせる事自体。
奇跡みたいだと俺は思った。
『セツナ、ほら見て!』
どうしてお前みたいな奴が、その優しい声で俺の名を呼んでくれるんだろう。
『セツナ!海だよ』
どうしてお前みたいな奴が、その温かい笑顔で俺に笑いかけてくれるんだろう。
願わくば。
その最後の一呼吸が終わるその瞬間まで、彼女が、世界で一番幸せでありますように。
俺なんかは、幸せになれなくてもいいから。
彼女のこの言葉が。この笑顔が。
俺に向けられていなくてもいい。
エリが幸せならそれでいい。
自分の幸せを願う権利はないけれど。
他人の幸せを願う事くらいは許して欲しい。
どうか。ただそれだけを、希う。
『…綺麗な場所だね』
「あぁ…」
それは、海を一望出来る丘の上にあった。
今の時期は桜も咲いていて、より素晴らしいロケーションだった。
そんな美しい場所にシュンの墓はあった。
『…お墓、汚れてない。きっと、誰かが小まめに来て掃除してくれてるんだね』
「…そうだな」
そんな奴は、俺の知る限り二人くらいしか思い当たらない。
『…………』
随分長い間、墓前で手を合わしていたと思う。しかし俺が目を開けても、まだ彼女は熱心に拝んでいた。
「長いな」
『たくさん報告したい事があったから』
「何言ったんだよ」報告って…
『たくさんはたくさんだよ。
ふふ。私とシュンさんの秘密!』
柄にもなく思った。
シュンにも、彼女に会って欲しかったって。
こんな事考えるなんて、俺もヤキが回った。
『眩しいね!夕日が…』
彼女は、斜陽を遮るように。目の前に手の平をかざした。
つられて俺も夕日に視線を送る。
たしかに眩しい。それは直視出来ない程に。でも
『でも、綺麗だね…』
「…エリも、そう感じるんだな」
『勿論だよ。セツナも、そうでしょ?』
「そうだな…俺が、こんなふうに光を綺麗だと思えるようになったのは つい最近だ。
でもな…俺にそんな資格があるのかって思う。
綺麗な物を見て感動したり。
誰かと話をして楽しいと思ったり。
そんな、まるで普通の人間みたいに生きるには…
俺は、命を背負いすぎた。
俺の為に散った命が、俺を許すのか…
もう、分からねえ」