第26章 敗北と五年前と、立場と単騎と
「……拉致が初めてじゃない、って?
やっぱりお前…変な奴」
こうして話していると、あの時と何も変わらない気がするのに。
彼が初めて会った、あの空き家で。
二人きりで過ごしたあの時間が、まるで幻だったようではないか。
いや、まだあれが幻だったと決め付けるのは早い気がする。
『シュン。今の貴方の目は…その時の私と一緒。
全てを恨んで、憎んで、絶望してる。
私に教えて欲しい。貴方が今何を考えてるのか。何を成し遂げたいのか。
私に、もし何か出来るならっ』
そこまで一気に話したところで、それ以上の言葉を発する事が出来なくなる。
ある人物が、私を押し倒し 体の上に乗っかって。喉元に千本を突き付けられたから。
その人物とは…
『っ、…こ、く蝶さん、』
「私の主人に…
それ以上の冒涜の言葉は許さない」
彼女の、鋭く光る瞳を見て悲しくなった。
「…なんだ、その顔は。辛いのか?
あぁそういえば、アンタにこうやって乗るのは二度目だな」
今度はふわりと笑う彼女。美麗な笑みだというのに、やはり見ていて悲しくなる。
「アゲハ。お前の俺への忠誠心は分かった。
でもな、今すぐ。そこから降りろ」
アゲハは、新しい主人にそう言われると。すぐに私の上から退いた。
そして命令もされていないのに、その場から立ち去った。
「……危険だ。やはり、あの女は危険だ」
勿論、そんな彼女の小さな囁き声など。私やシュンの耳には届いてはいない。
「お前、いつもみたいな能天気な顔より。今みたいな表情の方がいいぜ。その顔…
全てを恨んで、憎んで、絶望してるみたいで 俺好みだ」
地面に寝転がったままの私を、隣に立つ彼が見下ろしながら笑った。
その表情を見た時、少しだけ心が悲鳴を上げた。
彼を止める事は、私には出来ないかもしれない。と。