第3章 猫と秋刀魚と、涙と笑顔と
『は、…はぁっ…、待っ…』
どれくらい走っただろうか。もう足がもつれてきて、いつ転んでもおかしくない。
体育、マラソン大会などがあった学生時代とはわけが違う。日々のデスクワークで弱り切った足腰をなめてもらっては困る。
もう、リタイヤ寸前である。
猫の背中を見つめながら考える。
いや仮に私がこの猫を捕まえる事に成功したとしよう。そして秋刀魚を取り返す。
その後はどうする?私は猫の唾液でベトベトになった秋刀魚を焼くのか?そして食べるのか?本当に?
さらに秋刀魚はもう随分と長い時間、地面すれすれのところを連れまわされている。ほこりまみれもいいところだろう。
もしかすると地面に何度か接触しているかも。
『………』ぅ
この考えに至った私は、足を止める。それを猫はわざわざ振り返って確認する。
『はぁ…、っはぁ、も、いいよ。それ、は あげるから、安心してゆっくり、食べて』は
息も切れ切れに猫に話しかける。まるでそれを理解でもしたかのように、猫は走る事をやめ。悠然と歩き、茂みの中へ消える。
『……?そこにおウチが、あるのかな』
だんだんと呼吸も楽になってきた。これだけ走らされたのだ。
どうせならあの猫が、美味しく秋刀魚を頂いてる姿でも拝ませてもらおうではないか。
私はゆっくりと、猫が消えた茂みを覗く。
『……これまたベタだなぁ』
そこには、美味しそうに秋刀魚を食べる四匹の子猫の姿があったのだった。