第22章 ※蝶と房事と、誘惑と忘却と
『……はたけさん、私いま…酔っ払いです』
「うん。見たらわかる」
本当の酔っ払いは、自分で酔っ払いだと認識しない事がほとんどだ。今の彼女は、意外と自我がハッキリしているのかもしれなかった。
『だから、私が今から言う事…する事は、明日になれば…全部綺麗に忘れているんです。
はたけさんも…忘れてくれますか?』
「…まぁ、君がそう望むなら」
俺がそう答えると、彼女は涙を両手の袖で拭って 俺に向かい合って座った。
『はたけさんが、房事を教えていると知って… 私めちゃくちゃ嫌な気持ちになりました。
私、はたけさんの彼女でもないくせに、またこんな…こんな気持ちになってしまって。ごめんなさい』
「なんだ、そんな事か…そんなの全然」
『ワガママを言います。今夜だけ…。
や…やめて、欲しい!
房事なんて誰かに教えるの。誰か私の知らない女性に触るのなんて、嫌です』
「……うん」
月明かりが、キラキラと窓から差し込んで。
逆光となって彼女を後ろから照らしていた。
美しく、綺麗だった。
『手を、握っても、いいですか?』
「…うん」
すると、エリはすぐに俺の手を取った。そして繋いだ。
握手の様な繋ぎ方ではなくて、互いの指と指を絡め合う。恋人同士が手を繋ぐように。
そして、俺の手を自分の顔の横に持って行って。
さも愛おしそうに、頬擦りをした。
そして、ゆっくりと目を閉じた。すると、また彼女の目からは一筋の涙が溢れる。
その涙は、俺とエリの指と指の間に吸い込まれて消えていった。