第20章 苛立ちと独占欲と、寂しさと呪縛と
講義の際、人前に立っているエリは、まるで俺の知らない奴みたいだ。
『運動後の食事でたんぱく質を十分に摂れば、しなやかな筋肉を作り、筋肉量を増やすことが出来ます』
同じ家にいて、一緒に話をしたり飯を食ったりしている時は。彼女がとても近くに感じるのに。
『運動しても食事がおろそかであれば本末転倒。筋肉の再合成が出来ず筋肉量は減ってしまうということです』
いつからだろう。
こんなにもエリが遠くに行ってしまったように感じ始めたのは。
『黒板に書いてあるのが、タンパク質をしっかり取れる食事例です』
ためになる話だとは分かっているのに、どうしても今は頭に入ってこなかった。
俺は、何をこんなにも焦っているのだろうか。
『最後に、筋肉を育てるには、睡眠も重要です。運動で筋肉を刺激し、食事で筋肉の材料を補給、良質の睡眠で筋肉を育むことができるのです。
運動×食事×睡眠をセットで揃えるよう心がけましょう』
では、今日の講義を終了します。
そう彼女が言うと。いつも通り受講生達がエリを囲んで質問攻めにする。
そしてまたいつもの通り、俺はその波が引くのをじっと教室の椅子に座ったままで待っているのだった。
それに、しても…
エリと受講生との距離がまあ近い事。
アイツにはパーソナルスペースというものが無いのだろうか。ついこの間まで、男が怖いって震えてたくせに。
俺は嫌が応なくイラついた。