第10章 仕事と自立と、喧嘩と鯛と
「アンタ…エリ。さっきの黒髪の奴…サスケ?とか呼んでたっけ?あいつアンタの何?」
『え…』
まな板や包丁を洗う私の側に、のらりくらりとバッテラがやってきた。
そしていかにも面白くなさそうに、サスケの名前を口にした。
『私の、恩人ですよ』
特に嘘をつく必要も感じなかったので、ありのままを答える。
「…ふぅん。彼氏ってわけじゃないのか。
まぁ、たしかに…結構年の差ありそうだしな」
『別に付き合えない年齢ではないですけどね』
しまった。と思ったのは、勿論言ってしまってからだった。
仮にも勤め先の一人息子に、生意気な口をきいてしまった!
売られた喧嘩を、脊髄反射で買ってしまうのは 私の悪い癖だ。
「…へぇ。アンタ、年下いけるんだな」
『ま、まぁ限度もありますけど…
サスケ君くらいならギリギリじゃないですか』
きっとサスケは高校生くらい。別に恋仲になったとしても犯罪ではない。
…と、思う。
「……ふぅん。なるほどね。そうかそうか」
バッテラは 何やら満足気な顔をして、店の奥にある扉の方へ消えていった。
正直、好印象とは言えない出会いだが…。
まぁ欠点のない職場などありはしないのだ。妥協すべきポイントは必ずやってくる。
それがここでは、あのバッテラなのだろう。
この世界で生きて行く為の、自立の道の第一歩。ここは我慢一択である。