第2章 ややの誕生
「幸村様!幸村様!ややが産まれました!幸村様!元気な男のややです!幸村様!」
バタバタと女中の梅子さんが、廊下を走りながら幸村様を探している声がする。
わたしの腕の中には、元気な男の子のややがいる。
目元と鼻筋が幸村様にとても良く似ている。
「幸村様!こんなところにいらっしゃったんですね!柚様がややをお産みになられました!男の子のややでございます」
「おお!やっと産まれたか!やっと産まれたか!柚もややも元気なのだな?」
「はい、幸村様、柚様もややも元気でございます」
バタバタと廊下を走って来る音がして、襖が開く。
「おお!柚!良く頑張ってくれた!俺にも、ややを見せてくれ」
「はい、幸村様、幸村様にとても良く似た男の子のややです」
幸村様は、わたしの腕の中に抱かれた小さな男の子のややを見て言った。
「俺は、日ノ本一の幸せもんだ」
幸村様の目から涙が零れ落ちた。
幸村様の目から、溢れる様に涙が次々に頬をつたう。
わたしの目からも、涙が溢れて止まらない。
幸村様と出会って、どのくらいの年月が過ぎて行ったのだろう。
最初の子の桃がなくなった時
大きな戦で幸村様が一週間も寝込む様な傷をおって帰って来た時
戦の度に、幸村様がもう帰って来ないのではないかと思って眠れぬ夜をいくつ過ごしたのだろう。
誇り高い武士で在られる昌幸様、優しい信幸様。
戦の度に、命を失った家臣の皆様の事、そして、その家族の事。
信玄様のご病気が重くなっていった日々の中での重圧を明るく一心に引き受け続け家臣の皆様を盛り上げ続けた幸村様。
幸村様をいつも守ってくれた才蔵さん。
佐助さんに、小さな佐助くん。
小さな小さな男の子のややの誕生の喜びは、決して、わたし達夫婦二人の手で作り上げた物ではない。
色んな方々に支えられて頂いた幸せなのだ。
この事に感謝が出来ないわたしがいたのなら、わたしは戦で散った家臣の皆様に顔向けが出来ないし、真田の嫁としても京の母や弥彦にも顔向けが出来ない。
襖の向こうで、信幸様の声がした。
「幸村、俺と父上にも、ややを見せてくれないかな?」
幸村様は、涙を手拭いでゴシゴシを拭うと言った。
「父上、兄上、元気なややです。見てやって下さい。柚も元気です」