第1章 夢
桃の命日から、季節は、過ぎて、初夏の風が吹く様になった頃、
信玄様が、天下を統一された。
乱世は、やっと幕を閉じたのだ。
幸村様も生きている。
幸村様のお父上の昌幸様も、兄上でいらっしゃる信幸様も」
そして、お腹のややも、もう臨月が近い。
幸せな風が、この上田城にやっと、吹き込んで来た。
幸村様は、乱世が終わっても、庭で、鍛錬を続けていた。
才蔵さんが、お団子を食べながら、幸村様を眺めている。
「鍛錬馬鹿は、ご苦労な事で」
「な!なんだと、御館様が天下を統一されたと言ってもだな、いつまた、戦になるやもしれん。鍛錬しれないと、身体が鈍るだろ!」
「まあ、小さい小競り合いは、あるかもね」
「才蔵!お前も、たまには、鍛錬しろ!」
「嫌だね。佐助でも、誘ってやれば?」
「全く、お前は、俺の話など聞く耳を持たぬやつだな」
「それは、幸村もでしょ?」
「俺が、何時、お前の話を蔑ろにしたというのだ!」
「やれやれ、自覚のない奴に説明するなんて厄介で、お断り」
「なんだと!才蔵!」
「それより、柚が探していたみたいよ。行ってやりなよ」
「おおそうか」
縁側に立って幸村様達の鍛錬を眺めていたわたしに気付いた幸村様が、駆け寄って来る。
「幸村様、お疲れ様です。甘味とお茶の準備を致しますね」
「そんな事は、お前がせずとも良いだろ。お前は、臨月なのだぞ。お腹のややの為にも、もっと休んでくれ」
「幸村様は、相変わらず心配症ですね」
わたしが、くすりと笑うと、幸村様は、益々真面目な顔で言った。
「何を呑気な事を言っているんだ。おなごがややを産むのは、命懸けの仕事だ。俺たちが、戦場に行くのと同じ事だと分かっているのか?」
「幸村様は、桃の初産の時も、まるで、自分が出産をするような気合いの入れようでしたよね」
わたしは、桃の初産の時の幸村様を思い出して、くすくす笑ってしまう。
わたしは、このわたしの目の前で、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも清廉潔白で、心優しい懐深い幸村様の嫁となり、充分過ぎる心遣いを頂いているというのに。
「何を呑気に笑っているのだ。褥は引いてやる。今直ぐ床に着く準備をした方が良いぞ」
「あ!幸村様!お腹のややが、今お腹を蹴りましたよ!」